ボイス
心臓の裏の柔らかなところを
かき混ぜ
引き裂いて
生まれ出ようとしている それは
埃を被って縮こまったそれは
ひどく醜く透明なそれは
その声は
呼び止めるためにあるのでしょう
気付かれるためにあるのでしょう
たいせつなあなたが
見向きもされないままで
なにかに踏み潰されないように
声は、あげるためにあるのでしょう
翼
風を切る肌の熱さを
瞼の裏にひらめく鈍い瞬きを
不自由だと嘆く手足で
わずかに
わずかに
手繰り寄せる
私たちは目隠しをしたまま 暁の空を飛んでいるのだ
邂逅
今しかない
今しかないの
"不十分だ"ってだれかが言ったとしても
十分になるのを待ってたら次にいつ会えるかわからないわ
私たちときたら
不十分のふの字にも満たないくらい不十分なのだから
紙切れの上のカミサマサンが
"まだ早い"って言ってたとしても
私は私たちを信じるわ
今のこのふたりを作るのは
目の前のあなたと、私しかいないのだから
声をかければそれが届く
手を伸ばせば指先が触れる
ふたりの宇宙がすれ違って
そして離れて行くまでのほんの一瞬
永遠に続く
今を
私たちには
今しかないの
はーとぴーす
呼吸をするたびに またひと粒
ぼくのカケラが宙を舞う
公園の水場の蛇口の取っ手
水たまりを踏んで跳ねた泥
一段高くした自転車のサドル
ぼくの"外側"と触れ合ったぜんぶ
その数だけのカケラになって
ふわふわ浮いてる
ころころ転がる
ぼくのカケラ
おんなじように
だれかのカケラも
この線を超えたら罰ゲームね、と
がりがり、がり
引かれた線の向こうっかわ
安全基地の檻の中
さびしそうに揺れる君の右手も
大切な人のきれっぱしを握ってるから
とっくにひとりぽっちじゃない君には
このゲームは意味ないね
missing
誰そ彼の幻聴
地に満ちて残響
金木犀の昨日も白雪の明日も今は遠く
ずっと昔に別れたはずの
古い街並みが肌を濡らすから
空を食む紺青に
星を刺して今を留める
どうかあなたが帰るまで
世界がどこにもいかないように
嵐の幕間
その日はばかみたいに風が強い日で
どうにもこうにもむしゃくしゃしていて
あげく転んで泥だらけになって
このまま死んでもいいなあなんて
ぼんやり空を見上げたら
その日一番の強い風が
希望どころか絶望まで
無遠慮に
吹き散らしていったもんだから
ついでに散らかされた雲の切れ間から
すみれ色の冷たい空が覗いて
きれいだなあ
なんて
うっかり口を滑らせちまったもんだから
まんまと今日も生かされる
この、意地悪くうつくしき世界